FC2ブログ

*All archives   *Admin

2019.12.06 (Fri)

久々にものを書いた気分

子どものころ、「小説を書く」みたいなことをしていた。
「小説」なんて言うが、「お話」程度のものだったと思う。ちなみに「小説」の定義は今一つ自信がない。
ほぼパクリに近いものもあった気がする。
それでも文章を書く力にはなったように思うけど、結局、自分で物語を生み出す才能は自分にはなかった。

まあ、若気の至りだし、よくある中二病だし、イタかったなあと、黒歴史だと言ってしまえばそれまでなのだが。

小学校の卒業アルバムの、「将来の夢は?」というページに、「小説家」と書いた覚えがある。
果たして本当に「小説家」になりたかったのか、そもそもなれるとも思っていなかったような気もする、すでに。目指す気もそんなになかった、多分。
なんか大きいこと書かなきゃいけない気がしたんだよねきっと。
「卒業アルバム」の「将来の夢ページ」に。
でもそんな大きいことを本気で信じるにはマセすぎていたんだな。

本気で目指してはいなかったものの、「小説を書く」みたいなことはしばらく続けていた。
文章を書くのは好きだったし、
物語を生み出す才能はなくても、想像するのは楽しかった。

そして徐々に、
書かなくなる。

建前の「夢」すら言わなくなった。
発達段階と言われればそうなんだけど、その時、「夢を諦める建前」として、何を使っていたかを、先日ふと思い出した。

「自分には男性主人公の感情は書けない」
「自分には男女の恋愛は書けない」

だからだんだん書けなくなったし、この先も、ましてや小説家になるなんて、無理だ。
自分の性的指向に気付いてから、2年くらいかけて思うようになった気がする。

まあそんなのは本当に建前で、単純に、発達段階的に自分を相対化して見られるようになって、自分の才能の不足を実感できるようになったというだけなんだろうけど、当時の自分はさすがにそれが分かるほど大人ではなかった。

つまりこれが真実というわけでは全然ないけど、でも当時の自分はある程度「本当のこと」としてこれらを思っていた。

でも、今だったらまた違うのかな、とも思う。
あの頃の自分の視野が狭かっただけかもしれないが、体感的には多様な性のあり方に基づいて描かれている物語は格段に多く目に留まるようになった。
あの頃の自分が今この世界に生きていたら、そんなバカみたいな建前を使っただろうか。
もっと素直に自分の才能の不足を認められていたかな。
多少卑屈だったかもしれないが、子供の自分は子供なりに、性のあり方に対する抑圧を感じていたんだと思う。

今の社会最高!なんて全然思ってないし、言いたいことはたくさんあるけど、そんなつまんない建前に使われない社会であってほしい。

ふと思い出して、なんとなく、昔の自分からバトンを受け取ったような気になって、久しぶりに、「ものを書こうかな」という気分になった。
物語を生み出す才能はなかったけど、「ものを書く」ことが楽しめる人間になれたのは良かった。
それなりに頑張ってたな、あの頃の自分も。
11:06  |  Minority  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |